昭和は・・・遠ぉ~くなりにけり!?!



フランス菓子の名店「ルコント」が、2010年9月26日(日)に閉店した。

アンドレ・ルコント氏がお菓子や料理を通じて、日本に伝えたフランス文化。


彼のエスプリの効いた会話が懐かしい。c0021554_15124250.jpg
このケーキ、”パリ・ブレスト”は、ツール・ド・フランス(Tour de France)ゆかりのお菓子と聞いている。
ツールの前身レース(モデルになったレース)・・・
1891年にパリとブルターニュ地方の町ブレスト間で、 「パリ・ブレスト・パリ」(PBP)が行われた。
パリ~ブレスト間の約1200kmを90時間以内に往復する。

伝統菓子の名称の由来として諸説あるらしいが、このレースの開催を記念して作られたと言うのが有力な説。
パリのロングイユ通り(コース沿道)にあった「メゾン・ラフィット」という菓子店の職人、ルイ・デュラン氏が考案したと伝えられている。

※ツール・ド・フランスは、スポーツ新聞ロト(L'Auto・今のレキップ紙)がライバル紙に対抗して企画されたのが始まり。自転車レースを企画していた他社とは、ル・プティ・ジュルナルがパリ~ブレスト往復、ヴェロ紙がボルドーパリを主催していた。
この中で最も古いのが”パリ・ブレスト・パリ(Paris-Brest-Paris,PBP)、1891年に第一回大会が開催されている。このレースをモデルにして出来たのがツール・ド・フランス、つまりは、フランス一周レース。
仔細は別にして、こうした事を教えてくださったのは??40年年以上昔・・学生時代に。。。
当時、六本木に”ルコント”というケーキ屋さんがあって、オーナーのAndre Lecomteさんから教えて頂いた。
ルコントさんは、東京オリンピックの仏蘭西菓子シェフとして来日、以来,終生日本の仏蘭西菓子発展に寄与した方。
彼のエスプリに富んだ会話が懐かしい。ロードレーサーで訪れ2階のサロン・ド・テに来るものなどいなかったからか??頂いているケーキに色々と解説をしてくださった。それがこのケーキだ。※


リング状に絞ったシュー生地にクレーム・プラリネを挟んだ姿は、自転車の車輪をイメージしている!?!
上には、アーモンドスライスをたっぷり振りかけて。。。
又、上にアーモンドが無く中にクレーム・シブーストを使ったものはパリ・ニースと呼ばれている。
中に挟むクリームにも、イタリアンメレンゲを加えた軽いバタークリームを使ったり、カスタードを加えたり、シャンティを加えて軽やかにしたり。。お店によって、シェフによって、少しずつアレンジされて楽しい。
*パリ・ブレストそしてパリ・ニース共に現役のロードレ-ス*

ルコントのパリ・ブレストは、クレームパティシエールにバター、
プラリネ、シャンティー、イタリアンメレンゲも加えた、スペシャル・クリームだった。
”クレーム・パリ・ブレスト”としか言い様がないかも・・とルコントは解説していた。

手間がかかるためか、お菓子屋さんで余り見かけない。

今年、クラブ・ドゥ・ラ・ガレット・デ・ロワ(フランスの伝統菓子の継承や普及のための団体)が、
ツール・ド・フランスに合わせて7月にプロモーションして、
クラブ会員各店に”パリ・ブレスト”を店頭に登場させたとか。。。
多くは、プティガトーサイズだったり、
夏場に合わせて、シャンティー・オ・プラリネの軽いクリームだったりと、
シェフも時代の嗜好に合わせて、伝統をベースにしながら、
試行錯誤されていたようだ(友人情報)。。



・・・ケーキ好き・ツールファンには、溜まらない!!是非に、賞味してください。。

ルコントと云えば今一つ

Eufs à la neige souce anglaise (ウフ・ア・ラ・ネージュ、ソースアングレーズ)がある。

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ルコントは、伝統的な菓子職人。ムッシュ・ルコントと言える風貌だった。
「ルコント」(店)は、1968年創業で、
日本で最初のフランス人によるフランス菓子専門店。

僕の好きだった、2つのケーキ・・・

Eufs à la neige souce anglaise(ウフ・ア・ラ・ネージュ、ソースアングレーズ)
Paris Brest(パリブレスト)

六本木の小さなお店の2階・サロン・ド・テでの会話を思い出す。

パンも素晴らしかった。特にルコントのクロワッサンは、絶品だった。
日本国内で、あれを超えるものを食した事がない。
昭和は、遠くなりにけり・・・だねぇ!!

André Lecomte(アンドレ・ルコント)さんは、
1931年 フランス・フォンテーヌ・ブロー生まれ。13歳で菓子職人の修業を始める。
1956年 ホテル・ジョルジュサンクのシェフパティシエに就任。
1963年 ホテルオークラの招聘で来日。
1968年12月17日 六本木に日本初のフランス人パティシエのフランス菓子専門店「A.ルコント」を開店。
1968年 フランス料理アカデミー日本支部創設のために尽力し、初代会長を務めた。
1978年 店舗を六本木から青山に移転。
1994年 「ブラッスリー・ルコント」を青山にオープン。
1999年 逝去。
その後は、奥様ががんばっておられたが、、、閉店を決断された。

僕等の青春・学生時代・・・フランスの街角にあったサロン・ド・テ
そのものだったケーキ屋さん。
懐かしく思いだすが、チョット淋しい。
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by redhupa | 2010-10-06 23:30 | 襍文化考
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